モンディアル・デュ・パン 2019 総合優勝までの軌跡

日本人初の総合優勝。高崎の小さな小屋から世界一に。
2年に1度、フランスで開催される世界最高峰の国際製パンコンクール「MONDIAL DU PAIN(モンデュアル・デュ・パン)」。
2019年10月に開催された「7th MONDIAL DU PAIN 2019」にComme’N シェフの大澤秀一、アシスタントの久保田遥が出場し、日本人初の優勝を成し遂げた。

各国の有名シェフが出揃う中で、初出場の若者が総合優勝を果たすまで。

パンの大会があるなんて、知らなかった。

2015年当時、パン職人として各地で経験を積んだ大澤は、一度群馬での独立を目指したものの、計画が頓挫。鳶職人として日々を過ごしていた。

パンづくりから離れているという話を聞きつけ、師匠でもある神戸「Ca marche」西川シェフは、大澤をフランスの地へと誘った。世界中から集まった一流のパン職人たちが競い合う、「モンディアル・デュ・パン」を見せるためだった。西川シェフは第2回大会の日本代表だった。

パンの世界に大会があることすら知らなかった大澤。
パン職人ではない状態で見に行った第5回大会は、「とにかくすべてが格好良くみえた。」

悔しい。自分はなんでこちら側にいるんだろう。向こう側にいきたい。パンをつくりたい。
パン職人として再起することを誓った瞬間だった。

毎日つくり続けること。出会いがつなげた想い。

パンづくりへの情熱、そして世界大会という目標を手に入れた大澤だが、その世界は普段つくっているパンとは全く違う世界だった。

大会では時間の制限に加え、見た目や味はもちろん、クロワッサンやバゲットも長さや重さもすべて計られる。世界一厳しい審査基準ともいわれる世界に、はじめはまったく適応できなかった。

先輩シェフたちのサポートを通して、コンクールで戦うための様々な工夫や、向き合う姿勢を近くで学んだ大澤は、故郷・高崎で自身の店を開くことを決意する。
知人の店の駐車場内に小屋を借り、Comme’Nを開いた。より大会に集中できる環境と、自分自身に追い込むために腹を括った。そして、周囲にも大会出場への意志を隠すことはしなかった。

酷暑で知られる群馬の夏。毎日ベーカリーとして店を開けながら、夜は芸術性も求められるコンクール用のパンたちをつくる日々。

ひたすら繰り返す毎日に、心が折れそうになる瞬間はたくさんあった。
その度に、パンを通した人とのつながりが繋ぎ止めてくれた。
応援のメッセージやアイスの差し入れ、パンをたくさん買ってまわりに配ってくれるお客さんまでいた。

そうして迎えた日本予選。
見事日本代表を勝ち取った瞬間、思ったことは「はやくお客さんに会いたい。」だった。

世界でいちばん練習した。それだけを信じて掴んだ世界一。

本選が行われるフランスに到着してからの通し練習。まさかの事態が起こっていた。
大澤シェフと久保田の息が全くあわない。時間もオーバーし、パンの出来も満足いくものではなかった。やっていることは一緒なのに、今までではなかったようなミスが続いた。

各国から厳しい予選を勝ち抜いてきたシェフたちに、大きな差なんてない。
本番でいつも通りのパフォーマンスを発揮できるかどうか、その大切さは理解していた。

不安に包まれた前日の夜、ふたりは今まで自分たちがやっていたことを振り返った。
世界でいちばん練習した。世界に挑むために、やれることは全部やった。
「いつも通りやろう。楽しんでやろう。」

大会当日。日本ブースの前に審査員の人だかりができていた。
パンの美しさ、細やかさ、ふたりの息のあった動き。
寝る間もなく打ち込んできた日々がつくりあげた技術は、世界の目を釘付けにした。

サンドやタルティーヌを競うスナッキング部門、飾りパンの芸術性を競うピエスアーティスティック部門、チームワークが評価されるベストアシスタント賞を久保田遥が受賞。
6部門のうち3部門を制し、見事な総合優勝を飾った。

特に、二人三脚で共に頑張ってきた久保田の受賞が、大澤は何よりも嬉しかった。
自分のためではなく、誰かがいるから頑張れる。
愚直にパンづくり、そしてパンが繋いだ絆を大切にしてきた、大澤らしい勝利だった。

世界をみてきた経験を、次の世代へ。

世界一という称号を手に店に戻った大澤は、これまで練習に費やしていた分、より沢山のパンをつくった。
大会が終わっても、ことパンづくりにおいては、やることは変わらない。
ただ、自分が見てきたこと、経験を若い世代に伝えていくことで、後進を育てていきたい。その心境の変化が起きたことはとても大きいという。

「自分の言葉や行動に説得力を持ちたい。」そう語る大澤は、2020年の夏、Comme’Nの東京出店を決めた。
大会で勝ってから、大会のことを語りたい。
東京に出てから、都会でのパンづくりを語りたい。
目の前のお客さんを大切にしたい。
環境は変わっても、パンづくりへの変わらない想いを胸に、Comme’Nの旅は続いていく。